ロジオンです。
今回は塩野七生さんの「ローマ人の物語Ⅱ ハンニバル戦記」(新潮文庫 だと3~5巻)の感想を整理してみました。
Ⅰのローマは一日にしてならず、はどちらかと言えばローマという国家全体の話でした。Ⅱのハンニバル戦記の方はカルタゴとローマの戦いの後、周辺国家も含めて地中海世界でローマが覇権を確立していく過程が書かれていますが、どちらかと言えば「ハンニバル」と「スキピオ(・アフリカヌス)」という二人の英雄に焦点を当てた書き方になっていると感じます。
チェーザレのときもそうですが、塩野さんは傑出した(更に塩野さんが好きな)人物が出てきたときのほうが、生き生きとした文章になって読んでいてとても面白いと思います(かなり主観が強い部分も含めて)。 昔に一度読んだときはこのハンニバルの巻とカエサルの巻が「ローマ人の物語」のハイライトのように感じました。
【自分用メモ】
・第一次ポエニ戦役
制海権確保のため、ローマは船の建造に着手。
結果的に海戦はほぼローマの勝利(適応力が優れていることの証左)
新兵器「カラス」:苦手な海上の戦闘を得意な陸上の戦闘に変更
・ハンニバルから学ぶこと
①情報・記録を重視
常に情報戦で先手を取ることを意識する。
記録者を連れていた。
②懐柔と戦闘の使い分け(後述全体構想にも通じる)。
③先人の知恵を参考にしながら独自性を出す。
アレキサンダー大王の先例を参考。
例えば騎兵-歩兵比率。騎兵の機動性の活用
④主戦力の保持。それを活かすための非主戦力の確保。
アルプス越えを共にした兵士を主戦力。ガリア人などを非主戦力として運用。
⑤全体構想を持つこと
ローマ連合からの各都市の離脱を目的としていた。
→カンネの会戦の後、一気に首都ローマを突かなかった。
(結果的にはうまく行かなかった構想ではあり、戦略としては負け。
但し首都ローマを攻めていても攻めあぐねて返り討ちの可能性大。
構想に従って南イタリアにとどまり長期間ローマを苦しめた、とも言える)
⑥リーダーシップ
追い詰められてもハンニバルを見離した兵士はいなかった。
(市民兵であるローマと異なり、各地の混成軍かつ傭兵)
リヴィウスの著作の中の一箇所と、塩野さんの解釈が印象的。
”ー 兵士たちにとっては、樹木が影をつくる地面にじかに、兵士用のマントに身をくるんだだけで眠るハンニバルは、見慣れた光景になっていた。兵士たちは、そのそばを通るときは、武器の音だけはさせないように注意した。ー
"優れたリーダーとは、優秀な才能によって人々を率いていくだけの人間ではない。率いられていく人々に、自分たちがいなくては、と思わせることに成功した人でもある。持続する人間関係は、必ず相互関係である"
・ローマから学ぶこと
名将がいなくても組織力で勝負(経験のある指揮官は何人も出せる)
カンネの後、ハンニバル戦を持久戦に切替
非常事態でも国論の分裂無し。
※逆にカルタゴは常に進出派と国内派で分裂
運命共同体となっていた各都市の離反は最小限に抑制(ハンニバルの想定外)
非常事態ではルールに囚われすぎず年齢不足のスキピオを抜擢
・スキピオに学ぶこと
①味方を増やす能力(人々に支持したい気持ちを抱かせる人間)
名門の出身かつ晴朗で人懐こい性格。
親友(マシニッサ・レリウス)に恵まれる。
②敵であるハンニバルから学ぶ(更に上を行く)。
・敵の本拠を突く
・騎兵の活用+包囲戦
③バランス感覚
戦後処理など、「落とし所」がうまい印象あり
「穏健な帝国主義」で共存共栄を図る(但し相手が同じ視点を持たなかった)
④引き際
失脚という形で引退。健康はやはり重要。
(最後、カピトリーノの丘に向かう場面は非常に美しい)
・ハンニバル戦後
マケドニア、シリアを降し、地中海の覇権を確保。カルタゴも滅亡。
(対ハンニバルの総力戦を戦い抜いたことで軍事的優位性を得た)
スキピオ失脚
→(大きく見れば)非常時の個人への権力集中から組織(寡頭制)に回帰
「ローマ人の物語」を読むなら、この巻(文庫本ならハンニバルが出てくる4巻)から読み始めるのが良いのでは、と思うくらい、やはりハンニバルとスキピオという英雄同士の対決はとても面白いです。後から振り返って、両者の対決は結果的に騎兵戦力で決まったことを思うと、騎兵を手に入れるのが非常に難しいローマにありながら、個人的なつながりも含めてヌミディア騎兵を味方につけたスキピオの人間力が勝敗を分けたポイントだったように思われます。
一方、ハンニバルという天才に勝つにはスキピオという天才が必要ではあったのですが、少なくとも組織の力で膠着状態まで持っていったローマの底力も印象的でした。
ちょうど同時期の東洋は始皇帝や項羽・劉邦の時代ですね。各地の王国が集約され、徐々に古代帝国が確立されていく過程は洋の東西を問わず独特の雰囲気があるような気がします。
今回は以上です。